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【書評】生命・人間・経済学ー科学者の疑義ー

概要

 本記事には「新古典派経済学」「市場経済至上主義」に対する批判が含まれています。苦手な方はブラウザバックしてください。

 2017年3月15日に第一版が発売されたが、内容は40年前の1977年存命中はたびたびノーベル経済学賞が有力視されていた(本文中)宇沢弘文氏と、分子生物学の権威であった渡辺格氏の対談をまとめたものである。すでに両氏とも故人となってしまっている。

 ただ大学生協にふらーっといってふらーっと買ってしまった書籍ではあるが、読んだ後の「今まで経済学学んできて何がしたかったんだろう」と考えさせられてたり、「今後どうすればいいんだよ、どうしようもないほど問題が大きすぎる」と思うが、なによりこの対談から40年たった今、さほど変わっていない現状を前に強い無気力感に苛まれた。

 特に興味深いトピックを拾い上げて紹介したい。ただし今回取り上げるのはほんの一部であることを忘れず、是非手にとって全文を読んで欲しい。

 

生命・人間・経済学 科学者の疑義

生命・人間・経済学 科学者の疑義

 

 

現状「学問の自由」は阻害されているか

 ない。

 この本を読むまでは学問の自由は「倫理的側面から制限されている」と常々感じていました。人種差別的な研究や遺伝子組み換え技術、出生前診断にいたるまで自由な研究状態にはないと考えていた節もあります。

 ただ大きな間違いだったのは「学問の自由」は、"学問"の自由であって"科学技術研究"の自由ではないという点。

 学問とは価値そのものを定義するもので、学問の自由とはつまり「現状の価値観に疑義を申し立てる自由」であって、「科学技術をよい研究だろうが悪い研究だろうが野放図に行う自由」ではない。

 科学はフランシス・ベーコンが提唱した観測者を完全な客体として、普遍性や論理性を重んじる学問体系の一つでしかないという視点は完全に抜け落ちていた点に気づかされます。

人間の主体性・人間としての価値について

 このトピックは宇沢先生の論に大変感銘を受けたので、引用したい。人間と人間以外では、機能的に区別はされない。(人間で"ある"ことが重要)であるのに対し、人間同士では機能的に区別されると指摘した後、以下引用

宇沢「資本主義的な制度のもとでは、儲ける能力を持っているかどうかで区別していこうとする。そういう区別のしかたが問題だし、さらに、区別すること自体が問題なわけですね。」 ーP.88

  飛んでP.131、渡辺氏がすべての人を救おうなど宗教みたいで、それで経済が成り立つのかどうかという問題があるのではないかと指摘した後、宇沢氏

宇沢「そうしても経済が成り立つ条件をつくるのが経済学の役割です。経済学の必要から人間の生命を秤にかけようというのは逆ですよ」 ーP.131

 特に何も補足することがありませんが、おそらく宇沢氏に対し「理想ではそうかもしれないが・・・」という批判があることでしょう。

 理想で悪いことがどこにありましょうか。現状の経済学を見れば理想の世界を思い描けていない感覚というか、理想で思い描いている世界に対する違和感が非常に大きく感じます。経済学は社会科学なだけあって非常に社会に密接に関わり、それに束縛されている感じがします。

 一歩現実から身を引いて、理想の世界を思い描くことから始める必要があることは理にかなっていると考えています。

市場経済と脱市場経済の難しさ

 行き過ぎた市場経済の違和感というのは一般市民にとっても、経済学者にとっても感じるものなのではないのでしょうか。現に大学生の私はそれを感じます。誰よりも多く儲けることがよいことだという価値観、文化・感情・環境といった面までを金銭的に評価する点はあまりにも大きな問題どこから手をつければよいのかわかりません。そして現状変わってません。

 本文最後で宇沢氏は以下のように述べています。

 結局GNP主義というのは、コストがかかればかかるほど、いい生活をしてるような幻想をみんなに与えてきたわけですよね。それは単なるイリュージョンではなくて、実際に産業に対する需要になっていたわけですが。それに対しても費用はかからなくて、しかも文化的に豊かな生活を営めるような社会が望ましいという自明なことを再確認しておきたいと思います。 

  芸術は価値が個別的、ないしは属人的である(ラスキン的に言えば固有価値がことなる)ために、普遍性を重んじる科学とは対置されるとも宇沢氏はP.69で述べています。もし文化的に豊かな生活ということそれ自体が属人的であるならば、それにかかるコストは人それぞれです。それに対する不平等を考えるのはわたしが、市場経済的な考え方しかしてないからなのか。ここの議論に関しては全く触れられていないことに大変もやもや感がたまります。

むすび

 冒頭でも言いましたが、今回紹介したのはほんの一部です。たとえば教育や医療が産業界の下請けになってるという批判や、障害者の主体性にかんしてetc. 是非手にとって一読していただきたいです。

 

生命・人間・経済学 科学者の疑義

生命・人間・経済学 科学者の疑義