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RBf institute.

RBf instituteのブログです。公式サイトはこちら http://rbf-institute.org

【書評】努力論

 今回紹介したい本はこちら

努力論 (岩波文庫)

努力論 (岩波文庫)

 

 真田露伴と言えば『五重塔』などの小説が有名であるが、こちらは評論文となってる。それがなかなか現代にも通ずるものがあると深く感銘を受けたので是非紹介したい。

時代背景

この本の真意は1939年に、岩波文庫にこの書が入ったときそのあとがきに記されている。長い長い一文ですが以下の通り

主意は当時の人々の功を立て行をなさんと欲するあまりに、不如意のこと常に七、八分なる世にありて、徒に自ら悩み苦しみて、朗らかに爽やかなる能わざる多きを悲しみ、心の取り方次第にて、作用に陰惨なる思のみを持たずとも、陽舒の態を有して、のびのびと勢いよく日を送り、楽しく生を遂げ得べきものをと、いささか筆墨を鼓して、苦を転じて楽と為し、勇健の意気を以て懊悩尚早の態度を払拭せんことを勧めたまでであった。(強調はブログ筆者による)

つまりは気の持ちよう次第である。のにもかかわらず、思い通りにいかないからと言って人生を肯定的にとらえないのは損でしょ(どうせこの世の7,8割はうまくいかないことなんだし)といいたい。

その中でどのように心がけるかという点を様々な視点から考察している。殊に努力に関する記述が多かったため『努力論』としたそうだ。

努力は報われるか否か

最近ブログやらネットニュースやらtwitterやらでこの手の話題は事欠かない。思うに断片的な情報の渦を拾い集めても、「あーこういう意見の人もいるんだー」としか思えないので説得力のあるまとまった文章を読んだほうがこういうのは良い。(ネットのほうがいいという意見もあるがそれを否定するつもりはない。一長一短の関係かと)

"努力は報われない"という人たちのことを露伴は、「運命前定説」の虜になっていると批判する。すなわち幸不幸はあらかじめ運命で定まっていると考えがちで、生年月日だの、手相だの、星座だのに縛られるなと強く進めている。

特にこの記述は、なかなか力強く断言していて面白い

成功者は自己の力として運命を解釈し、失敗者は運命の力として自己を解釈して居るのである。

なかなか的を射ているのではないか。

そして努力により自己を革新していくことにより、業をなす機会をつかむのである。ここは「万全を期して天命を待つ」というその一言にすべてが集約されているだろう。

幸福になる(運を寄せる)にはどうすればいいか

このあたりから自己啓発書チックになっていくが、大変至極まっとうなことを書いているように思う。露伴

  1. 惜福(福を惜しみ)
  2. 分福(福を分け与え)
  3. 植福(福を植える/育てる)

の3点が重要であると説いている。そして歴史上の人物を上げ説得力を増している。(例えば平清盛は惜福の工夫にかけていたから失敗したのだというように)

詳しくはぜひ手に取って読んでみてほしい。ブログでは紙幅の関係上難しい。のでこれまでにしておきたい。

人を批判すると言うこと

この本の本流からは外れるが、現代のtwitterなどのSNSが発達してきた中で、大変興味深い一説があった。少々長いが引用したい。p.115

人の性情も多種である、人の境遇も多様である。その多種の性情が多様の境遇に会うのであるから、人の一時の思想や言説や行為もまた実に千態万状であって、本人といえども予想し逆睹する能わざるものがあるのは、聖賢に非ざるより以上は免れざるところである。

それであるから人の一時の所思や所言や所為を捉えて、その人の全体なるかのごとくに論議し評隲するのは、本よりその当を得たことではない

 犯罪は犯罪として裁かねばならないということは言うに及ばずだが、人を批判するときに相手が人間で多種多様であることを忘れがちである。またある特定の集団をまとめてその集団全員が同じことを考え発言し行動しているととらえがちであるように思う。(しかもそれが集団に属する個人の一時の所為などによって。)

ネットの登場によって世界は多種多様な人間が共生できる世界を形成していくのかと思えば、実際は文脈から切り離された一時の所思・所言・所為により多勢の人々の個人的な直感で評価される緊張感のある社会になるとは思いもしていなかった。(なおかつ評価する個人は多種多様であるため・・・)

おそらく露伴は全くと言って意識していなかったのであろうが、この一節は痛く心に響いた。

 

努力論 (岩波文庫)

努力論 (岩波文庫)

 

 

海北友松展in京博の感想やら見所

海北友松とは

海北友松とは、桃山時代の画壇を代表する巨匠です。つまりは、狩野永徳長谷川等伯と同時代の画家です。

その精緻な筆遣いから、気迫あふれる雲龍図や幽玄たる月下渓流図屏風を書き上げました。

長谷川等伯好きのわたしにとってはまさに夢のような展覧会。なかなか時間がとれずいけませんでしたがGWが始まった5月3日(水)にいってまいりました。

 

いざ京博へ

阪急河原町四条からバスに乗ること十数分。GWということもあり、観光客でごった返していましたが、大体の人は清水寺で降りてくれたので大変快適でした。最寄りのバス停は「東山七条」です

さて京博について最初に目に入ったのはツツジです。あふれんばかりのツツジに出迎えられます。

京博のつつじが今最高にきれいだという話は聞いておりましたが、まさかここまでとは思いませんでした。

本当に咲き乱れる、あふれんばかりに咲いているといった感じですね。

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絶対見て欲しい絵画3点

さてこの展覧会で是非力を入れてみていただきたい絵画は以下の3点です

  1. 花鳥図襖(狩野永徳筆)
  2. 雲龍図(海北友松筆)
  3. 月下渓流図屏風(同上)

以下つたないながらも、3点を解説していきます

 

花鳥図襖

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まず一点目は狩野永徳筆の「花鳥図襖」。海北友松が門をたたいたのは狩野派だったわけですが、狩野元信に師事したのか、その孫の永徳に師事したのかは文献によって記述が異なるそうな。

まあ何はともあれ狩野永徳筆の国宝。巨木に目がいきがちですが、今回の展覧会で注目すべきは岩の描写だと思います。

展覧会の配置の関係上よくわかるのは、海北友松が山水図屏風で描いた岩の描写は直線を鋭く使い、ごつごつした鋭利な緊張感のある岩肌になっています。

対してグラデーションで岩肌を表現し胎動的で岩が絵の中で主張せずタンチョウと松を際立たせているところが、素晴しいと感じました!

このグラデーションで岩肌を表現するのは、後に海北友松の晩年最高傑作「月下渓流図屏風」に使われています。

雲龍

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今回の展覧会の目玉ともなっていました雲龍図です。

雲龍図はその種類が多岐にわたるので、妙心寺雲龍図とか天竜寺雲龍図とかの種類がありますが、海北友松の作品は建仁寺雲龍です。

その生き生きとした描写に圧倒されること間違いなしです。それ以外に説明する必要があるのかと思えるぐらいに迫力があります。

細かい描写の話をすれば、体の方には境界線を用いず。、角や顔には太い境界線を用いています。これによって顔に迫力を出す、いわば"堅い"感じを出しているとみえます。

この襖以外にも様々な雲龍図がありますので、その違いを見ても面白いこと間違いなしです。

月下渓流図屏風

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さて最後は、海北友松の晩年最高傑作ともうたわれる「月下渓流図屏風」です。六曲一双の屏風で上にある屏風が左隻、下にある屏風が右隻です。

左隻を見てみますと、左上には丸いおぼろ月が上がっています。おぼろ月に照らされた梅や椿、右隻にはツクシが顔をのぞかせています。梅はそのつつましやかな花をつけ、椿はその華やかな花弁を今咲かせんとし、その緑緑とした葉はこの白黒の世界の数少ない彩りです。

雪解け水が小川に流れ込み、小川は勢いを増し霞がかかる松の木林に続いていく。

 

とまあ言葉で表せばこのようで、目で見れば1時間ぐらい言語能力を失うので感想がなかなか伝えづらいというのが本音です。

土筆や雪解け水、梅などの描写から鑑みるにこれは早春朝霧が立ちこめる早朝と言ったところでしょうか。なるほどたしかに、枕草子の言うように「春はあけぼの」なのかもしれませんね。

まとめ

今回あげた3点はどれも素晴しく、私が一番気に入った絵画な訳ですが、ほかにも今回全くあげなかった金碧画や素晴しい絵画の数々が展覧会にはあります。

ざっと思いついたところだけでも、山水図屏風・竹林七賢図・楼閣山水図・花卉図屏風・・・etc. 本当に素晴しい展覧会でした。

次に京博に来るのはおそらくこれですね。楽しみに待っておきましょう

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長楽寺訪問記

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前回のエントリーと併せて、長楽寺の方にも行って参りました。特に花とか関係ないので分けてエントリー。

長楽寺とは?

時雨をいとうから傘のぬれて紅葉の長楽寺 

 とはよく言ったもので、紅葉が恐ろしいほど美しいお寺です。しかし今の季節は紅葉とはほど遠い季節。だからといってこの季節にいかないのはもったいない。だからこそ趣深いところもあるのです。

成り立ちとしては平家物語にゆかりがあったり面白いところがあるのですが割愛します。こちらをご参照ください。

長楽寺 (京都市) - Wikipedia

いざ長楽寺へ

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かなり奥まった場所にあるこの長楽寺は円山公園から出てすぐ、祇園から10分も歩けば到着します。

円山公園には花見目的かすごい量の観光客が・・・もちろん八坂神社にも。

これは人が多いだろうと覚悟しながら、拝観料650円(宝物庫の展覧会をやっているので通常より高い)を払ってお参りします。

人気のない幽玄な雰囲気

全く人がいませんでした。円山公園の喧騒から逃れ、静寂で自分の足音が高く響く空間を進んでいきます。

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この木漏れ日さす瞬間に、この階段に巡り会えて、さらにこの階段を上ることができたこと(大抵こういうのは進入禁止になってたりする)、この喜びをどう表現してみせようか。

さてこの階段の脇、写真の左の方にあるのが長楽寺庭園です。

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久々の畳に気分が高揚します。そして以前の写真もこの写真も、人一人映り込んでいないことからわかるように、貸し切り状態です。そして右奥の光っている庭園にお邪魔します。

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これが今回の目的地「長楽寺庭園」です。秋になれば葉が赤く染まり、彩りたる庭園となります。繰り返しになりますが、まさに幽玄です。いろどりが失われているところにとても惹かれます。

そして何より人が全くいない貸し切り状態で、畳に座ってしかも座布団もあって、抹茶も飲める。これ以上ないコンディションです。

2分33秒ごと(独自調査による)にししおどしがカツンッと響き渡る様は写真だけでは伝わらないでしょう。それが静的なこの庭園に時間という概念を吹き込みます。

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平安の滝

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こちらの滝は平清盛の娘が修行に使ったとかなんとか。石垣の中には弁大天像など8人の仏様がいらっしゃるらしい。非常にありがたい滝。

八功徳水という名水とのことで、

  • 甘く
  • 冷たく
  • やわらかく(軟水)
  • 軽く
  • 清らかで
  • ~~(かすれて判読不可)
  • 不損喉(喉を痛めず)
  • 飲己不復腹(おなかを痛めることもない?

とのこと。これは飲むしかない。飲んだ感じは冷たく、飲んだ後ほんのりとした甘みがあります。軽いか清らかかどうかはさておき軟水であることはわかります。その他に関しては、一日たった現在特に異常がないのでその通りですね。

京都が一望できる高台

京都が一望できるらしいとのことで、そちらにも行ってみます。受付のお坊さんが「山道だからオプション的な感じで」というのを聞きましたが、さすがにそんなに体力が衰えているわけではない。

と思っている時期が私にもありました。第一、図書館の階段ですら億劫になっているのに体力が衰えていない訳がありませんでした。上っていくとこんな石橋が、

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ここまできたらもうすぐそこです。

そして到着

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なるほどなかなか見晴らしがいい。いいのですが、やはり庭園と比べると感動は薄れますね…ここら辺は好みの問題です。どっちが好きかは人によるでしょう。

 

まあそんなこんなで一度はおいでよ長楽寺、紅葉のときは大混雑が予想されますので、のんびりしたい方、幽玄な雰囲気を味わいたい方是非長楽寺へ。

長楽寺は宿坊(お寺の宿泊)も承っているようです。そちらも併せてご確認くださいませ!

八坂神社・平安神宮訪問記(花の様子)

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春休みも最終日。そうだ京都へ行こう。

八坂神社

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言わずと知れた祇園の格式高い神社。もちろんこちらにも参拝しましたが、メインはこの先にある円山公園の桜の様子を収めてくること。

 

円山公園の桜はまだ開花が始まったばかりで、来週あたりが満開の見頃になると思います。だからといって全く咲いていないわけではなく、

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このように見頃を迎えている桜もちらほらありました。やはり素敵な花ランキング一位の桜です。貫禄が違います。

ほかにも椿が咲き始めていたり、

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アセビの花は見頃を迎えています。

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春の季節の到来を感じますね。

平安神宮神苑

場所は変わりまして平安神宮神苑。私の現状京都で一番好きな庭園です。名物(?)紅枝垂桜はまだ開花すらしていませんでした

しかしちらほら春の訪れを感じさせる出来事があります。まずはこちら。

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R, Pythonでデータ分析を学ぶのであれば必ず一度はお世話になったことがあるはずの花が順調に成長しています。そうです、「Iris」です。正確には違いますが、アヤメ科アヤメ属カキツバタですね。(Irisはアヤメ科アヤメ属アヤメの3種類のデータセット。使ったことない人は使おう。おそらく一番有名なデータセットではなかろうか)

カキツバタの見頃は5月中旬、桜ばかりが注目されますが、正直カキツバタが咲いている時期が一番平安神宮が輝いて見えます

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(昨年の様子)

これは標準的なカキツバタですが、光格天皇御遺愛のカキツバタ「折鶴」も順調に成長していました。こちらは真っ白なカキツバタでその名の通り折り鶴のような花を咲かせます。平安神宮の目玉です。

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平安神宮では全く何も咲いていないわけではなく、寒緋桜や梅(もうそろそろ完全に散る)が咲いていました。

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水面に映る梅の姿に心奪われますね・・・写真をうまく撮れませんでしたが、くっきりと写る梅の姿がわびしいこの初春の庭園に春の風を舞い込んでいるようです。

ちなみに手前にある緑色のところはすべてカキツバタです。ここもきれいな紫色を魅せてくれることでしょう。

 

桜の中では泰平閣をわたったところにある平安神宮会館の手前にある桜が見頃。しかし結婚式などで使う会館には入れないので、松がとても邪魔…

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しかしまあ総じて桜は来週が良さそうです。平安神宮は5月からつつじやカキツバタなど平安神宮の目玉が続々と見頃を迎えます。

来週は円山公園・嵐山 etc. 5月は平安神宮。是非ご来訪を!

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【書評】生命・人間・経済学ー科学者の疑義ー

概要

 本記事には「新古典派経済学」「市場経済至上主義」に対する批判が含まれています。苦手な方はブラウザバックしてください。

 2017年3月15日に第一版が発売されたが、内容は40年前の1977年存命中はたびたびノーベル経済学賞が有力視されていた(本文中)宇沢弘文氏と、分子生物学の権威であった渡辺格氏の対談をまとめたものである。すでに両氏とも故人となってしまっている。

 ただ大学生協にふらーっといってふらーっと買ってしまった書籍ではあるが、読んだ後の「今まで経済学学んできて何がしたかったんだろう」と考えさせられてたり、「今後どうすればいいんだよ、どうしようもないほど問題が大きすぎる」と思うが、なによりこの対談から40年たった今、さほど変わっていない現状を前に強い無気力感に苛まれた。

 特に興味深いトピックを拾い上げて紹介したい。ただし今回取り上げるのはほんの一部であることを忘れず、是非手にとって全文を読んで欲しい。

 

生命・人間・経済学 科学者の疑義

生命・人間・経済学 科学者の疑義

 

 

現状「学問の自由」は阻害されているか

 ない。

 この本を読むまでは学問の自由は「倫理的側面から制限されている」と常々感じていました。人種差別的な研究や遺伝子組み換え技術、出生前診断にいたるまで自由な研究状態にはないと考えていた節もあります。

 ただ大きな間違いだったのは「学問の自由」は、"学問"の自由であって"科学技術研究"の自由ではないという点。

 学問とは価値そのものを定義するもので、学問の自由とはつまり「現状の価値観に疑義を申し立てる自由」であって、「科学技術をよい研究だろうが悪い研究だろうが野放図に行う自由」ではない。

 科学はフランシス・ベーコンが提唱した観測者を完全な客体として、普遍性や論理性を重んじる学問体系の一つでしかないという視点は完全に抜け落ちていた点に気づかされます。

人間の主体性・人間としての価値について

 このトピックは宇沢先生の論に大変感銘を受けたので、引用したい。人間と人間以外では、機能的に区別はされない。(人間で"ある"ことが重要)であるのに対し、人間同士では機能的に区別されると指摘した後、以下引用

宇沢「資本主義的な制度のもとでは、儲ける能力を持っているかどうかで区別していこうとする。そういう区別のしかたが問題だし、さらに、区別すること自体が問題なわけですね。」 ーP.88

  飛んでP.131、渡辺氏がすべての人を救おうなど宗教みたいで、それで経済が成り立つのかどうかという問題があるのではないかと指摘した後、宇沢氏

宇沢「そうしても経済が成り立つ条件をつくるのが経済学の役割です。経済学の必要から人間の生命を秤にかけようというのは逆ですよ」 ーP.131

 特に何も補足することがありませんが、おそらく宇沢氏に対し「理想ではそうかもしれないが・・・」という批判があることでしょう。

 理想で悪いことがどこにありましょうか。現状の経済学を見れば理想の世界を思い描けていない感覚というか、理想で思い描いている世界に対する違和感が非常に大きく感じます。経済学は社会科学なだけあって非常に社会に密接に関わり、それに束縛されている感じがします。

 一歩現実から身を引いて、理想の世界を思い描くことから始める必要があることは理にかなっていると考えています。

市場経済と脱市場経済の難しさ

 行き過ぎた市場経済の違和感というのは一般市民にとっても、経済学者にとっても感じるものなのではないのでしょうか。現に大学生の私はそれを感じます。誰よりも多く儲けることがよいことだという価値観、文化・感情・環境といった面までを金銭的に評価する点はあまりにも大きな問題どこから手をつければよいのかわかりません。そして現状変わってません。

 本文最後で宇沢氏は以下のように述べています。

 結局GNP主義というのは、コストがかかればかかるほど、いい生活をしてるような幻想をみんなに与えてきたわけですよね。それは単なるイリュージョンではなくて、実際に産業に対する需要になっていたわけですが。それに対しても費用はかからなくて、しかも文化的に豊かな生活を営めるような社会が望ましいという自明なことを再確認しておきたいと思います。 

  芸術は価値が個別的、ないしは属人的である(ラスキン的に言えば固有価値がことなる)ために、普遍性を重んじる科学とは対置されるとも宇沢氏はP.69で述べています。もし文化的に豊かな生活ということそれ自体が属人的であるならば、それにかかるコストは人それぞれです。それに対する不平等を考えるのはわたしが、市場経済的な考え方しかしてないからなのか。ここの議論に関しては全く触れられていないことに大変もやもや感がたまります。

むすび

 冒頭でも言いましたが、今回紹介したのはほんの一部です。たとえば教育や医療が産業界の下請けになってるという批判や、障害者の主体性にかんしてetc. 是非手にとって一読していただきたいです。

 

生命・人間・経済学 科学者の疑義

生命・人間・経済学 科学者の疑義

 

 

本サイト編集後記

いきなりですが、本サイト

RBf_institute.|To Dsicover "Academic"

を大幅にリニューアルしました。

 

何が変わったのか

 大幅に変わったのは、大きく分けて2点「テーマ」と「内容」です。

テーマ

  自分のサイトとほかのサイトを見比べていて、なんか「装飾過多」だなあと常々感じていました。

 ということで、思い切っていろいろばっさり切って、シンプルなデザインを心がけたつもりです。

内容

 保守のしやすさという観点から言うと旧サイトは致命的でした。しかも記事の一覧もなかなか作れない。アーカイブとかPHPとか、wordpress使わないと難しいと考えると限界だと感じていました。

 ので思い切って本サイトの更新頻度をおさえるような内容にして、更新頻度が高い訪問記はすべてブログに持って行こうとなりました。

 またその代わりに現在進行形で研究している最先端の研究分野を紹介すること・APPの制作と公開で、その穴埋めをしようと思った次第であります。

 最後にtwitterで書評を3,4 tweetでしていましたが、中途半端になりがちですし、さらに魅力を伝えきれないと感じ、こちらに拠点を移すことになりました。

 

 以上がまとめるとこのようになります。

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 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

【梅】賀茂御祖神社・旧三井家下鴨別邸訪問記

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 春休みも残すところ3週間をきる今日この頃です。わたしは3月3日に発売された任天堂switchに魅了され、1週間ほどどこかへ行きましたが気持ちを切り替えて京都へ行ってきました。

 今回は少し趣向を変えて昨年10月から一般公開されました「旧三井家下鴨別邸」にいこうと。それで別邸から賀茂御祖神社(下鴨神社)が近かったので、下鴨神社のお参りも込みです。

下鴨神社

 天候はあまりよくなかったのですが、土曜日と言うことに加えて春休みだからかかなり人がいました。まあそれでも初詣に比べれば全然ましな方ですね。

 まず本殿のお参りと浦の廻廊を通って神体にお参りです。本殿はよしとして浦の廻廊について軽く説明しますと、浦の廻廊は本殿の裏(浦は当て字)に至る廻廊で本殿の裏からお参りをします。本殿裏に関しては私語・撮影厳禁ですし、そもそも本殿に関しても内部の写真を撮ることはあまり気が進みません。のでここは是非お参りして確認してください。

光琳

 さてお参りを済ませたところで境内の散策に取りかかります。まずはなんと言っても有名な光琳梅。

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 光琳梅といった場合以下の2つのことが考えられます。

 1つ目に関して光琳が参考にしたと言われる賀茂御祖神社の梅これが今回の光琳梅です。これは後の紅白梅図屏風につながるわけです。

 2つ目の光琳梅、これもまた紅白梅図屏風なのですが、光琳は本物の梅を絵に落とし込むときに今で言うデフォルメを施します。写実的ではなくデザインによって梅を表現すること、これが光琳がデザインの元祖と言われるゆえんでもあります。こちらの梅図にあるような大変シンプルで、それでいて梅の特徴を際立たせているデザインは広く親しまれていて、今では家紋・着物の模様その他いろいろなところで見かけるデザインです。有名な紅白梅図屏風もこのデザインで梅の花が描かれています。適当に「光琳梅 茶菓子」で検索したりするとそれはきれいでおいしそうなのがたくさん出てきます。

水くじ

 そういえば初詣のさいにおみくじを引こうとしたら、混雑しすぎて引いていなかったのを思い出しました。神社には今年に入ってからかれこれ何度も足を運んでいるのに、おみくじを引いていないとはなんと言うことでしょう。下鴨神社の名物「水くじ」で今年の運命を占います。

 水くじは一回300円、下の写真のような紙を買って店先にある小川で紙を濡らすことによって文字が浮かび上がるというくじです。

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 さて結果をまとめてみましょう。

  • 願い事
    • 思うままなる油断はきんもつ
  • 体調
    • 自信あるも無理はきんもつ
  • 金運
    • 金運ある堅実な使い方を守ること
  • 学業・仕事
    • 身を正して努力せよ向上見える
  • 恋愛
    • 心寄せすぎても相手引く
  • 旅行
    • こうひょう(公表?好評?)できる旅行ならよし

やりました!完全勝利です!なんか恋愛運があれですけど、ほかがいいので問題ありません。もし学業がわるくて、恋愛運がよかったら神に懇願してみくじを引き直していたことでしょう。なかなかに素晴しき一年が待っていそうです。まあもう1/4が終わりそうなんですが・・・

御茶屋休憩

 とここまできて、だいぶ疲れたので河合神社(縁結びや安産等々.一番有名なのは美容の神と言うこと。下鴨神社摂末社)のお茶屋さんに行きます。

 ぜんざいとかお汁粉がいいかなと思ったのですが、申餅という聞いたことがないお菓子があったのでそちらにする。

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 ほうじ茶と申餅の説明が一緒に付いてきたので説明をかいつまんでいきましょう

 いわく、申餅とは旧暦の4月(現在の5月に相当)に行われる葵祭で神様にお供えされるお餅で、小豆のゆで汁でつくお餅。色は小豆のゆで汁で付いたために"はねずみ色"をしている。2010年に140年ぶりに再現されたとか云々。食べると中に入っている粒あんが豆の風味を残すお餅とよく合っています。餅自体にもほんのりとした豆の甘みがあり、粒あんの甘さと合わさって甘ったるいのではないかという懸念は杞憂で、あっさりとした口当たりのよい甘さとなっています。抹茶には合わなさそうなので、深煎り緑茶かほうじ茶がおすすめです。

旧三井家下鴨別邸

 さて休憩が終わったところで三井家の別邸に行きます。

三井と言えば「現金掛け値なし」の呉服屋で儲けた後、両替商として富を築き上げて、戦後財閥解体の対象となった五大財閥の一つですね。旧三井邸にいってお話を聞いてみると、戦後の財閥解体はこの下鴨別邸にも大きく影響していたようです。

 まず門が平安女学校(今の学校法人平安女学院)の校舎に持って行かれます。そして国有地になった敷地内には家庭裁判所が置かれます。最終的に下鴨別邸は家裁の裁判長の公邸として提供されます。

 まあその後なんやかんやあって重要文化財に指定された後、全面改装が行われて昨年10月に一般公開がおこなわれた・・・と。

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 木造3階建ての和洋折衷な邸宅で大好物です。有泉庭で、小滝の音がのどかに過ぎます。国の名勝指定を受けている平安神宮神苑や後楽園などと比べると、たしかに魅力に欠けますが和洋折衷建築の中、一族の邸宅としてこれを整えたというのは驚きです。私もここに住みたいです。

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 入れるのは1階と中庭だけだったのですが、近々2階の一般公開も考えているとのこと。さらに秋になれば、3階の展望デッキにも上がれるらしい。

 個々の邸宅の背景を聞くとわびしい印象を受けますし、実際庭園もわびしい雰囲気です。とても日本的な庭園だと思いますね。春になって華やかになるのかどうかが見どころといえば見どころ。

 わびはいいのですが、最後は鴨川の付近で撮った華やかな梅の花を張っておきましょう。次の更新はしっかり学ぶ交渉理論になりそうな予感です。

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